最後の角を曲がり、僕の顔が見えた瞬間、彼女は号泣した。ものすごく不安そうな顔から泣き顔に転じた彼女の表情の変化は20メートルの距離からでもはっきりと確認できた。そのまま彼女は残りの20メートルを小走りして、僕の広げた両手の間に飛び込んだ。9年前の4月1日。長女が初めて学童保育からひとりで帰ってきた日のことである。
長女は環境の変化に大きな影響を受ける子だった。保育園では年度が変わって保育室と担任が変わるたびに不安になって体調を崩した。そんな彼女の人生でいちばん大きな変化。これまでパパママに送迎してもらっていた保育園ではなくて、小学校の学童保育にひとりで登園、降園をする。3月31日から4月1日、たった1日での劇的な変化だ。
4月1日、僕はパートの勤務時間前に長女を学童保育の教室に送っていった。そして帰りは1人で帰ってくることを伝えて別れた。長女は無言で不安な表情で学童保育の教室に入っていった。その日の帰り、パートから帰った僕は家の前で待っていた。胸に飛び込んできた長女は泣きじゃくっていた。「ようがんばったな」僕は一言だけ声をかけて、しばらく玄関前で長女と抱き合っていた。
家に入って長女が弁当箱を出した。そう、春休みの学童保育は給食が出ない。だから弁当だ。その弁当箱は中身がぎっしり詰まったままだった。「たべられへんかった…」長女は細い声で言った。それでも学童保育には通ってもらわなければならない。翌日からも朝はパパが送ってくれるけど、帰りはひとりで帰らなければならないという試練が長女を待っていた。2日目も弁当を食べられなかった。3日目も4日目も。僕はそんな長女が不憫で、自分のパート時間を休んで、新学期が始まるまで家てみようかとも思った。
5日目も長女が弁当を食べずに帰ってきた。仕事帰りの妻に僕から「今日も弁当食べられへんと帰ってきてん」と報告した。すると妻は怒った。そして長女を呼び寄せてこう言った。「いい加減にし。やらなかあかんことはやらなあかんし、食べなあかんもんは食べなあかんねん。次、弁当食べんと帰ってきたらもう作らへんからな」長女はそれを聞いて泣かなかった。黙って下唇を噛んでいた。
そして次の登園日、長女は弁当を食べて帰ってきた。「パパ、たべれたで」そういう長女は誇らしげだった。和田家はパパが母性、ママが父性。父性の威力を実感した出来事。小学生になった長女は学年があがるたびに不安定になることもなくなった。子どもは成長する。そのためには優しく包み込む母性と優しく突き放す父性の両方が必要だ。
和田 憲明
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