「僕、手品ができます!」
……あ、嘘ついてしもた。
保育園の保護者会、月に一度の土曜日にある役員会でのこと。それから僕の悪戦苦闘が始まった。
長女が保育園に入って2年目、保護者会の役員に当たった。当たったとは文字通り、くじで当たったのだ。
子育て経験者ならわかる、父母会・保護者会・PTAなど名前は変われど、子育て・教育施設には大抵ある、保護者のボランティア団体。初めて保育園に入った僕にはその実態を全く知らなかった。
和田家は妻が正職で働き、私がアルバイトをしながら家事育児を主担当していた。だから、保護者会の役にも当然僕が出る。1歳児担当の役員としてドキドキしながら最初の会議に出席した。
長女の保育園の保護者会は、0歳から5歳児の各クラスから保護者2名ずつと、保育士さんが2名の計14名で構成されていた。
役員はほとんどママだったが、私ともうひとりだけ、0歳児の役員にパパがいたのは救いだった。お互いなんとなく目を合わせてほっとした表情をしたことを覚えている。
それから3回、いろんな議題があったけど、正直あんまり覚えてない。ただただ、ママたちと保育士さんのおしゃべりに圧倒され、だまって聞いているだけだった。
もう一人の男性は、それなりにママたちの輪に入ってそれなりに楽しそうに喋っていた。羨ましかった。
そして迎えた7月、4回目の会議。その日の議題は夕涼み会。
子どもと保護者を楽しませるために、保護者会と保育士さんがいろんな食べ物屋やゲームを出店する。その中で何か出し物が出来ないか、という話になった。
それまで3回の会議、ほとんど発言せず聞いてるばっかりだった僕。でも男性として格好をつけたい欲望はある。
もう一人のパパよりも出来るところを見せたい。
振り返ればつまらないプライドが、僕の口を動かした。
「僕、手品ができます!」
手品ができると言うのは全くの嘘ではない。嘘ではないけど本当でもない。
たしかに手品はできる。少人数の大人に見せるトランプ手品なら。
トランプ手品を始めたのは高校1年生の夏休み。オタクで会話が苦手で、友達が一人もいなかった自分が出会ったのがMr.マリックだった。
当時、テレビで超能力マジックが大流行していた。
自分も超能力者になりたくて、必死でトランプ手品を練習した。なぜトランプか。
たとえば、トランプを引いてもらって当てるマジックを一つマスターする。それだけで超能力者になれるのだ。
「あなたの心を読みます」と言って当てれば読心術。「あなたの引くカードはあらかじめわかっていました」とそのカードを書いた紙を見せれば予言だ。
Mr.マリックが使っている、ラスベガスのカジノでも使われているという高品質の紙トランプを購入した。
男子高校生の汗っぽい手でいじり回されたトランプは、汗を吸ってすぐにケースに入らなくなり、さらにいじり回されたトランプは、ひと夏で1.5倍の厚さになった。
マジシャンはトランプを買い換える、ということを知ったのは次の夏である。
手品は、結婚して子どもを授かっても続けていた。保育園の役員に当たったその年、私の手品歴は16年になっていた。
それが「僕、手品ができます!」につながる。
「えーすごい!」ママたちが感心してくれた。
夕涼み会の中で、マジックショーをすることが即決された。
いい気分で家に帰ってから気がついた。
自分ができる少人数向けのトランプ手品は、保育園でのマジックショーでは全く使えないということに。
超能力マジックは園児に理解できないし、大人数にも見せられない。
一瞬、ことわりの電話を入れようかと思った。だけど、自分から言い出しておいて、今更そんな格好の悪いことはできない。
つまらないプライドが携帯に伸ばす手を止めた。
そこから1ヶ月、子どもが喜び、大人数に見せられる手品を必死で調べた。子どもを寝かしつけてから徹夜で練習した。
なんとか本番に向けて6つの手品を準備することができた。
これで15分のショーができるぞ!
意気揚々と乗り込んだ夕涼み会、僕の最初のマジックショー。
その舞台は、園庭の真ん中だった。僕は青くなった。
なぜなら、準備した6つのマジックのうちの3つは、後ろから見るとタネがばれる内容だったから。
結局、なんとか3つだけネタをやりきった。15分の予定がたった7分のマジックショーになった。
振り返ると恥ずかしい出来。だけど、子ども達は喜んでくれた。
翌週、保育園に長女を送った朝、僕を見つけた男児が「あ、マジックパパや!」と叫んでくれた。
それからずっとマジックショーは続けている。内向的な自分が唯一、人を喜ばせることができる特技。
保育園はもちろん、小学校や高齢者施設にも呼んでもらった。親子イベントで手品講座をする機会もできた。
芸名はもちろん「マジックパパ」。
28年前にテレビで出会ったMr.マリックと、12年前の自分のつまらないプライドに感謝。
「僕、手品ができます!」
和田 憲明
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