ひっくり返って両手足をバタバタさせながら泣きわめいたのは後にも先にもそれ一回だけだった。小学一年生のクリスマス前、僕はどうしてもほしいおもちゃがあって、それが陳列してあったおもちゃさんの前でひっくり返った。人通りの多い師走の商店街で両親と弟を困惑させながら。
僕は極めて口数が少ない静かな子どもだった。褒められるときはおとなしい子、悪く言われるときは暗い子と言われた。その性格は持って生まれた部分と環境の相互作用が作ったんだろう。とにかくおとなしくしていれば叱られることも少なかったし、面倒くさいこともなかったからあんまり喋らないことを選んでいたのかもしれない。もうひとつ自分がおとなしくしようと思ったのには、幼稚園年長のときのある記憶がある。ゲジゲジ事件だ。
冬の幼稚園の園庭で5人の男子がしゃがみこんで何かをつついていた。「これカチコチや」「カチコチやな」「わ、カチコチや」僕は興味を惹かれてその輪に近づいた。男子の肩越しに覗き込むと、そこにはゲジゲジの死骸があった。男子たちはそのゲジゲジをつついては「カチコチや」と話していた。ゲジゲジは生きていてもカチコチだと思うが、当時の男子たちはその死骸のカチコチぶりに驚いていた。僕は普段はそういう輪に入らない子だったけど、そのときはなぜかやたらとそのカチコチに惹かれた。
カチコチのゲジゲジを無性にさわりたくなった。そして勇気を出して男子の後ろから手を伸ばしてつついた。「ほんまや、カチコチや」すると男子のひとりが言った。「おまえはさわらんでええ」その言葉は5歳の僕の心にグサリと刺さった。珍しく勇気を出してやりたいことをやって、その感想を言ったのに、やっぱりやめといたらよかった。それから僕はますます口数が少なくなり、自己主張をしない小学1年生になった。
そんな僕にも近所に遊び友達ができた。団塊ジュニアの世代、同級生がめっちゃ多かった学年。家から半径100メートルだけで、同級生の男子が5人もいた。趣味やら性格やらが合ったわけでもないけれど、同じ小一男子というだけのつながりでよく遊ぶことになった。
ある日曜日、同級生男子の1人が親に買ってもらった『ゴーディアン』を見せてくれた。ゴーディアンは当時放送していたロボットアニメで、複雑な合体変形が魅力だった。彼が持っていたゴーディアンは超合金といわれるダイキャスト製。重量感がありカチコチ、その上アニメの合体変形を完全に再現した高価なおもちゃだった。僕以外の4人は持ち主を中心に奪い合うようにゴーディアンをいじくっていた。
僕もその完璧なゴーディアンをいじくりたかった。だけど、僕もさわりたいと言えなかったし、手を出すこともできなかった。また「おまえはさわらんでええ」と言われるのが怖かったのだ。さわらしてと言えばさわらせてもらえたと思う。でも言い出せず、だまって順番を待っていた。長い時間待ったけど、とうとうその順番は廻ってこず家に帰る時間になった……
その翌週の日曜日、家族で商店街に買い物に出かけた。通りかかったおもちゃ屋さんのショウウインドウにさわりたくてたまらなかったあのゴーディアンが飾られていた。僕としては珍しくその場ですぐ両親に訴えた。「これほしい!」両親は即答した。「あかん、買われへん」それがスイッチだった。僕は地面にひっくり返って泣きわめき始めた。どうしても今すぐにゴーディアンをさわりたかった。どうしても今すぐにテレビと同じ合体変形をさせたかった。思う存分合体変形をしていた同級生たちがうらやましかったのだ。
両親はびっくりしたそうだ。おとなしい長男がこれまでにしたことないような強い自己主張をしたことに。「サンタさんにお願いしよか」と両親に言われても、僕は納得しなかった。「いますぐほしい」みたいなことを言って、しばらく泣き喚いていたそうだ。そのあとのことは僕の記憶にはない。
その翌週のクリスマスの朝、僕の枕元にはゴーディアンが置いてあった。しかし、そのゴーディアンは高価な超合金ではなく、プラスチック製の廉価版。軽くてペコペコでおまけに一部ボール紙でできていた。もちろん合体変形なんて全くしない。子どもから見ても明らかな安物だった。僕は心底がっかりした。
サンタクロースでもくれないものはある。その現実に早く気づかせてくれた両親に感謝! なんて当時するわけはない。だけど、自分が親になった現在、子どもの希望と親の都合のすり合わせに苦労している。両親にも当時の事情や苦労があったんだろう。やっぱり両親には感謝、なのだ。
和田 憲明
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