私は一番最初にカートに積んた一番安い食パンを棚に戻して、それよりも100円高いデニッシュパンをカートに入れた。

珍しく妻と休みの合った火曜日の午前、2人で買い物に出かけた。家族の食料品の買い出しである。妻は先に銀行に用事があり、スーパーの向かいの銀行に行った。私だけ先にスーパーに入り買い物を始めた。我が家は妻が夕食担当、私が朝食担当だ。だから、私の買い物は早い。

朝食だからと言うこともあるし、私が元々食べるものや食材にそれほど興味がないということもある。朝食担当だけど、メニューを考えたり買い出しをするのに脳みそを使いたくない。朝食のメニューは平日5日ほぼルーティンだ。食パンが3日、ご飯が2日。食パンにはキュウリ、フルーツ、ハム、ウインナー、卵などを適当につける。ご飯には味噌汁と魚、味噌汁と冷や奴もしくは納豆。5種類のメニューで回している。無心でサイコロを振って出た目を準備するようなもの。だから脳みそを使わない。買い物も迷わない。食材に興味がないので、食パンも魚も納豆も一番安いやつ一択。朝ご飯の買い物は楽だ。

でもここにたどり着くにはいろいろ苦労もあった。元々料理を全くしなかった私は、妻と買い物にでかけるたびに困っていた。妻があれこれと食材を選ぶ後を、カートを押してついて行く。でも全く興味がない。あんまりにも暇なので、頭の中にエンジン音を響かせて、対向車(カート)をいかにうまくかわすか、競争相手(買い物客)をいかに早く抜くか、コーナー(冷凍食品の角)をいかに綺麗に曲がるか、なんてことに熱中していた。妻が時々聞いてくる。「豚肉、どっちのにしよか?」私の答えは決まっている。「こっちの方が安いな」いつも同じ答えにあきれた妻は、今では私に食材の判断を聞いてくることはない。

妻の仕事が忙しくなり、私が夕食を作ることが多い期間があった。その時は地獄だった。5種類のルーティンではもちろん妻も娘も許してくれない。めちゃめちゃ脳みそを使った。クックパッドで検索してはその食材を買いに行き……妻みたいにうまく1回で1週間分の食材を買い揃えられなかったので、平日夜に不足分を買い出しに行くこともあった。妻が夕方帰ってこれるようになり、夕食をほぼ作ってくれるようになったときは心からほっとした。「パパの料理飽きた。ママの晩ご飯になってよかった」と情け容赦のない娘の言葉に落ち込むよりも、ほっとした気分の方が強かった。

で現在、妻が毎食夕飯を作るひきかえに朝食担当になったのだ。夕食作りで疲労困憊してしまった私は、極力労力を少なくしようと思った。そして今の形におちついた。朝は家族全員忙しい。朝食メニューについては家族からクレームがくることもない。少なくとも表立っては。

その日も、10分ほどで朝食の食材を全てカートに入れた。妻が遅いなぁと思っているとLINEが入った。ATMのトラブルで少し遅れるそうだ。さて、困った。もうやることがないぞ。先に朝食分の会計だけ済ませて車に積んでおこうとも思ったが、家計の財布は妻が持っている。会計もできない。仕方がないので、昔を思い出して遊び始めた。そう、頭の中にエンジン音を響かせる遊びだ。でも平日午前のスーパーはとっても空いていて、競争相手も対向車もほとんどない。そんなところをひたすら通路だけを見つめてぐるぐる回るのは変だし人目が気になる。仕方がないので、ゆっくりとカートを押しながらスーパーの棚の品をゆっくり眺めるふりをしながら歩き回った。

しょっちゅう来てる近所のスーパー。どの棚もおなじみ……ではなかった。ゆっくり歩きながら見回してみると、これまで見たことのない物事がたくさん。アボガドなんてものが普通に野菜売り場にあるんや、とか、サンマの開きと生サンマの陳列の違い、とか、そういえば妻が本醸造の醤油にはアルコールが入ってへんていうてたぞ、と思い出し、醤油の原料表示を眺めてみたりとか。どうしようもない時間に暇をつぶすためにはじめたスーパー探検は、発見に満ちていた。

そして妻と合流するまでに私は、一番安い食パンを棚に戻して、クルミ入りデニッシュをカートに積んだのでした。そういえば中三長女が食パン飽きたって言うてたなぁと、暇つぶし時間に思い出したから。食パンとデニッシュパンの差額はたったの100円。これだけで長女を喜ばせることができるならみっけもん。


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和田 憲明

副理事長 / マジックパパファザーリング・ジャパン関西
マジックパパ代表、主夫。娘の誕生を機に主夫となり保育士資格を取得。FJKでは初代理事長、現副理事長を務める。特技は手品、趣味はSF・特撮・アニメのオタク系パパ。 [⇒詳細プロフィール]