懇親会は黙祷から始まった。貸切の居酒屋で50人の地域団体の男女が乾杯前に60秒間、静かな時間を作った。それは地域運動会直前に亡くなった仲間に捧げたもの。亡くなったのはYさん。長い間地域のボランティアとして団体の活動に尽力されていた。私にはYさんのひとり息子と同じ学年の長女がいる。小学1年生、最初の教室でYさんの息子と私の長女は席が隣同士だった。Yさんと軽く挨拶をかわしたとき、どこかで見たお顔だと思った。だけど情報に疎い私は恥ずかしながらそれから5年間もYさんの顔に見覚えがある理由に気づいていなかった。5年後、僕がPTA役員になって、地域団体での活動が増え、Yさんをお見かけする機会が増えた。あるとき、ママ友から彼女の過去を教えてもらった。「え、知らんかったん?Yさんって元マラソンのM選手やで」

! 合点がいった。M選手は90年代に長距離で活躍していた選手。オリンピックにも2度出場されている超一流のアスリートだったのだ。テレビでもよく取り上げられており、その笑顔で走る姿に僕はけっこうファンだった。Yさんはそんな過去をおくびにも出さず、地域団体のいちスタッフとしてボランティアをされていた。夏祭り、地域運動会、もちつきなどのイベントではもちろんレギュラーで、時には地域のスポーツイベントで小学生に走り方教室を開催してくださったこともあった。偶然同じスポーツイベント内で、私も親子向けの身体遊びのプログラムをやった年があった。通りがかったYさんが「和田さん、いいプログラムですね」と声をかけてくださって、とっても嬉しかった。輝かしい過去を自分から語ることもなく、いつも一スタッフとして軽やかに活動に参加されていた姿は地域の方々からとても好感をもたれていて、私は密かに彼女を尊敬していた。

彼女の訃報を聞いたのは、地域運動会が終わった直後だ。Yさんは2年前からガンで闘病されていたそうだ。それを聞いてから気づいた。そういえば運動会にYさんがいらっしゃらなかったこと、そういえば昨年度から地域でYさんの姿を見ることがなかったこと。迂闊な私。M選手の訃報は当然新聞でも報道された。その記事を読んで僕は改めて彼女のすごさを知った。M選手は2つの日本新記録を作ったり、マラソンの世界大会で優勝したりしていた。有森選手が銀メダルを取ったアトランタオリンピックでは怪我をしながらもねばって12位という成績を残し、引退後も後進の指導やスポーツイベントで活躍をしながら、息子の小学校の地域でボランティア活動をしてくださっていたのだ。

そして、2年前に転移し悪化したガンとの闘病は、実は14年前からされていたことを知り、驚愕した。報道には誰にも知らせずに闘病していたと書いてあり、もちろん地域でもまったく周りに気づかせることはなかった。懇親会での黙祷での挨拶で地域団体の会長が挨拶された。「Yさんはかつて、我々とは次元の違う舞台で活躍されていました。にもかかわらず地域活動にも意欲的に参加くださって……」

これが私の知る、長距離陸上選手の真木和(まきいずみ)さん、ママ友の山岡和さんの姿です。


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和田 憲明

和田 憲明

副理事長 / マジックパパファザーリング・ジャパン関西
マジックパパ代表、主夫。娘の誕生を機に主夫となり保育士資格を取得。FJKでは初代理事長、現副理事長を務める。特技は手品、趣味はSF・特撮・アニメのオタク系パパ。 [⇒詳細プロフィール]
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