旅の準備は万端。チケットは予約ずみ。日曜日、僕は朝からそわそわしていた。

旅立ちの時間が迫り家を出発する夕方、僕は陽気に妻と娘たちに別れを告げた。

「ちょっと2001年に帰ってくるわ」

家族は呆れたように見送ってくれた。

駐車場にバイクを停め、自動発券所でチケットを発券し、入り口審査をスマートに通って僕はシートに腰を下ろす。

 

その旅は言葉の通じない場所から始まった。

着いたのはまだ文明のない400万年前の地球。住んでいるのは猿人。

しばらく猿人たちと生活を共にして、その生活の進化を我慢して見守るだけ。

やがて感極まった猿人が獏の大腿骨を空高く投げ上げる。

その骨と一緒に僕は2001年までジャンプした。

 

そこはIMAXシアター。

50年前のSF映画『2001年宇宙の旅』を公開している劇場。

10回以上観ている映画だけど全て家の小さいテレビでの鑑賞。劇場で観るチャンスを得たのはその日曜日が初めてだった。

 

『2001年宇宙の旅』はSF映画ファンに神のように崇められている映画。

僕ももちろん大好きで10回以上観た。だけど観たことがあるのはテレビサイズ。正直、今の時代に大画面に引き伸ばされたら辛いだろう。

映画の内容が期待どおりであることは知っているけど、映像にはそんなに期待していなかった。

ところが、今回初めて劇場で観てこの映画が本当に「神」であることを実感した。

 

4万年前、人類に進化する前の猿人の生活から始まるこの映画。画面には広大なサバンナが映る。

僕はこのサバンナがアフリカでロケをしたものではなく、スタジオセットで撮影したものであることを知っていた。

手前部分はセット。奥の部分はスクリーンにサバンナの写真を映写したものだ。

大画面で見たら境目がわかるだろう。実はそれを楽しみに劇場に行った。

 

ところがである、IMAXの大画面に引き伸ばされも、いくら目をかっぽじっても、そのサバンナは本物にしか見えなかった。セットと映写の境目が全くわからない。

僕は驚愕した。

その前で演技している着ぐるみの猿人もとんでもなくリアルだ。吠えるとき、唇を捲り上げて前歯を剝きだす。

同じ年に公開された『猿の惑星』でも再現できなかった唇を捲り上げるという動き。これだけでその猿人は生きてそこにいるとしか思えなかった。

 

映画を観るとき、その裏側を知っているかいないかで楽しめる深さは大きく変わる。2001年の特殊撮影の裏側に関して、僕の予習は完璧だった。

でも予習の完璧さを上回る映像の完璧さ。僕は驚喜してそのあとはひたすら映像に身を委ねることにした。

 

4万年前から2001年にジャンプし、舞台は宇宙空間に移る。

ここで思い出して欲しいのは、これが50年前の1968年に製作された映画だということだ。

当然CGはない。映した映像にデジタル加工もできない。写っているものは全てそこにある現物だ。

なのに、宇宙のシーンも現在の目で見ても、目をかっぽじってもとんでもなくリアルである。

 

あれ?宇宙船内のモニター画面にCGが写ってる。CGはないはずなのに。

この矛盾、CGに見えるのはCGじゃない。

CGっぽく書いたアニメだったり、針金を曲げて作った立体物を真っ白に塗装して、それをくるくる回して3DCGみたいに見せているシーンもある。それが恐ろしいことに大画面でもCGにしか見えないのだ。

 

CGになってからやらなくなった表現をしているシーンもある。たとえば飛んでいる宇宙船の窓の中に動いている人物が見えるというショット。

CGだと簡単にできてしまい珍しくもなくなったので、最近では逆に見なくなってしまった。

この映画には5種類の宇宙船および宇宙ステーションが出てくるが、実にその中の4隻で窓の中に人が見えるというショットを作っている。

 

これ、めちゃくちゃ大変だ。宇宙船の窓なんて当時のほとんどの映画では黒く塗りつぶす。ところがこの映画はわざわざ中に人を移す。

思い出してほしい。CGはない。

先に乗組員の映像だけを撮影しておいて、ミニチュア宇宙船の窓に映画用のスクリーンを貼り、動いている宇宙船の窓部分だけに1コマずつ映写しながら撮影したそうだ。

気が遠くなる。

 

CGじゃないからこそリアルに見える効果もある。主役宇宙船の『ディスカバリー号』はミニチュアの長さが14メートル。

その大きい実物がリアルに見える手助けをしている。

セットの出来も完璧だ。無重力にしか見えない船内、建造中の国際宇宙ステーション活気から無重力トイレのギャグまで!どれも「未来」にしか見えない。

2001年は今からいえば17年の過去だが、2051年の未来を舞台にした映画だと言われても納得してしまうリアリティ。

 

CGでどんな映像でも作れてしまう2018年の今だからこそ「どうやって撮ったの?」という興味だけで3時間退屈しない映画になった。

ストーリーが難しいと言われているけれどもそんなことはない。人間とAIの対決という極めて「現代的」なサスペンス。間に15分の休憩もあるのでトイレが近い人も安心だ。

 

『2001年宇宙の旅』が劇場で観られるのは11月1日木曜日まで。

さあ、今すぐ2001年に帰ろう。

 


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和田 憲明

副理事長 / マジックパパファザーリング・ジャパン関西
マジックパパ代表、主夫。娘の誕生を機に主夫となり保育士資格を取得。FJKでは初代理事長、現副理事長を務める。特技は手品、趣味はSF・特撮・アニメのオタク系パパ。 [⇒詳細プロフィール]