機関銃の弾痕が芝生の上を手前から奥に真っ直ぐに走った。刑事も手前から奥に真っ直ぐ走って逃げ、壁の向こうに転がり込んだ。これが映画『ビバーヒルズ・コップ』のアクションシーンである。

ビバリーヒルズ・コップは典型的な「はぐれ刑事もの」だ。低所得層の多い下品なデトロイトから、高級住宅街ばかりのお上品なビバリーヒルズに来たひとりの刑事。彼は周囲から浮きまくりながらも親友を殺した犯人を追い求める。そのうちにデトロイトで起こった親友を殺した麻薬事件の裏には、なんとビバリーヒルズの大富豪が絡んでいた!ってあらすじはどっかで聞いたような話。

じゃあなんで僕が数多ある刑事映画の中からビバリーヒルズ・コップを書こうと選んだのか。それはこの映画がシリアスとコメディの両極端に振り切ることに成功した上に、鑑賞後爽やかになれる稀有な作品だからだ。

シリアスとは何か。親友を殺されてビバリーヒルズに来た主人公の動機だ。彼の陽気な表面永遠裏腹に、その心中には怒りと悲しみが渦巻いている。

コメディとは何か。下品で陽気な主人公とビバリーヒルスの上品で陰気な刑事たちとの関係だ。デトロイトとビバリーヒルズでは文化が全く違う。その文化のズレがコミュニケーションのズレを生み、コミュニケーションのズレが笑いを生み出す。エディー・マーフィーの高速喋りが目立つ映画だか、高速喋りを笑えるのは周りのリアクションがあるからだ。漫才もボケだけでは笑えない。

人間関係で笑うポイントはもう一つある。ビバリーヒルズの刑事コンビ。ひとりは叩き上げのベテラン中年刑事。もう一人は刑事になりたてのお坊ちゃん刑事。この2人がデトロイトから来た下品な刑事にどう対応するかの違いが笑いを生み出す。ひとつのボケに2通りのツッコミがあるという形。これは珍しい。

機関銃に追いかけられて壁の向こうに転がり込むビバリーヒルズの刑事コンビ。まずこの機関銃の弾痕が真っ直ぐに走るところが面白い。撃っている敵は機関銃を左右に振って弾を撒き散らしている感じなのに弾痕は真っ直ぐ。でも画面では違和感を感じない映像のマジックだ。弾痕が真っ直ぐだからこそ観客はこの銃撃戦をちょっと安心して見られる。とりあえず、あの真っ直ぐに追いつかれなければ大丈夫。追いつかれても真っ直ぐの線上から横に逃げれば大丈夫と。

壁の後ろに転げ込んだ後も刑事コンビの危機は続く。複数の敵に撃ちまくられて動けない。敵と自分たちを隔てているブロック塀もだんだん削れてくる。そんな状況なのにお坊ちゃん刑事はベテラン刑事に話しかける。

「明日に向かって撃て、観たことある?」

は!?それを聞いたベテラン刑事のなんとも言えない顔。映画『明日に向かって撃て』は西部劇。同じように男性2人が追い詰められる。最後に観念した2人は隠れ場所から出て突撃し、撃たれて死んでしまう。その映画のことをこの場面でお坊ちゃん刑事は「あれ格好よかったよね」みたいに言うのだ。

真っ直ぐの弾痕とコンビのズレ。これによって悪の組織に乗り込む最高のクライマックスにコメディを紛れ込ませることに成功している。ちなみにそのとき主人公はその陽気さを失ってシリアスに敵のボスと対決している。敵のボスは親友のカタキだから。

あからさまなシリアスやコメディではなくて、ストーリーと会話と映像の中にそれぞれを紛れ込ませる。ビバリーヒルズ・コップはリラックスして観られる刑事アクションNo.1だ。

パラマウント


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和田 憲明

副理事長 / マジックパパファザーリング・ジャパン関西
マジックパパ代表、主夫。娘の誕生を機に主夫となり保育士資格を取得。FJKでは初代理事長、現副理事長を務める。特技は手品、趣味はSF・特撮・アニメのオタク系パパ。 [⇒詳細プロフィール]