『レイダース』という映画がある。主人公はインディー・ジョーンズ。『インディー・ジョーンズ』という映画ではない。『レイダース』だ。

スターウォーズ帝国の逆襲の日本版パンフレットに、ジョージルーカスの次回作として掲載されていた。そのときのタイトルは『失われた箱舟の襲撃者たち』。おそらく“Raiders of the Lost Ark“を直訳したんだろう。多分情報が文字しかなく、メインタイトルの”Raiders”が大きく書いてあるわけでもなかったんだろう。しかしそそるタイトルである。

今『レイダース』は『インディー・ジョーンズ レイダース失われたアーク』“Indiana Jones and the Raiders of the Lost Ark”という恐ろしく長ったらしいタイトルで売られている。レイダースがあまりにも面白く大ヒットしたので続編が作られシリーズ化したからだ。続編ではシリーズ名を統一した。それがかの有名な『インディー・ジョーンズ』。でも断じて違う。レイダースはレイダース。唯一無二の映画だ。なんてたって一作で完全に完結している。冒険映画史上、これ以上はない見事なオチをつけて。

レイダースに続編があると知ったとき、僕はあの完璧なオチからどうやって繋げるのだろう?と疑問だった。しかし、製作者は裏技を使った。1作目レイダースの舞台は1936年。2作目の舞台をなんと1年前の1935年にしたのだ。製作されたのは4年後なのに。これにより前回の見事なオチ、巨大な倉庫で終わるシーン、そしてヒロインといい感じで終わるこの映画の続きを、まったく前を気にせずに作ってみせた。ウルトラCである。

違う、言いたいのは続編のことじゃない。この映画は1本で完璧だということだ。洞窟の中で主人公が巨大な岩玉に追いかけられるシーン。本作じゃなくても様々なパロディで目にされたと思う。あのあまりにも有名なシーンは、レイダースのクライマックスではない。あれはプロローグの一部に過ぎない。この映画のテイストと主人公、そしてライバルを紹介するだけのほんの数分間のシーンの一部なのだ。

巨石に追いかけられるイメージがあまりにも強烈なために、レイダースはそれだけの映画だという誤解を受けている。

違うのだ。レイダースはアクションシーンが面白い。それは確か。しかしアクションを面白く見せるための全体のバランスこそが素晴らしいのだ。

まず時代のバランスがいい。1936年という一次大戦と二次大戦の間の時代。現代から近過ぎず遠過ぎず、テクノロジーも古過ぎず発展し過ぎず、いかにも世界の片隅で何かが起こっていそうな時代だ。

次に人間関係のバランスがいい。冒頭のシーンで紹介される主人公とライバル。途中で合流する仲間。そして劇的な再会をする主人公とヒロイン。これがどれくらい劇的か。ヒロインの初登場カットに注目だ。

人間関係のバランスでもうひとつ。主人公とヒロインの恋愛関係の描き方が実にストイックなのである。映画では最後まで2人が結ばれたことをはっきり映像で見せない。この2人、これからどうなるんやろ?で終わるのだ。この宙ぶらりんの気持ち良さは続編ではできなかった。

最後のバランスは映像のバランス。実写と特撮のバランスがいい。とことんリアルなシーンを重ねておいて、ここぞというときに思いっきりオカルトになる。

ルーカスとスピルバーグが最適なバランスをとった最高の映画。それがレイダースだ。

パラマウント映画 / ルーカスフィルム・リミテッド


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和田 憲明

和田 憲明

副理事長 / マジックパパファザーリング・ジャパン関西
マジックパパ代表、主夫。娘の誕生を機に主夫となり保育士資格を取得。FJKでは初代理事長、現副理事長を務める。特技は手品、趣味はSF・特撮・アニメのオタク系パパ。 [⇒詳細プロフィール]