スピードを上げて対抗車線を通り、渋滞の車列の先頭に飛び出した。そこで左に急ハンドルを切って歩道側に寄った。その歩道には若いイケメンが立っていて、僕を見てほほえみ、優しく手招きをしている。僕は胸がドキッとして、かれの手招きに誘われるままバイクのエンジンを切って歩道に上がった。イケメンは警官だった。新しい職場に移って4ヶ月目、僕は自分の仕事の立ち位置に悩んでいた。その日も職場で失敗をしてしまい、むしゃくしゃした帰り道だった。それが渋滞の車を反対車線からすり抜け、前に割り込む違反につながった。そのとき、思い出していたのは毎朝追い抜くおじいちゃんのことだった。

そのおじいちゃんは、いつも国道の車線の左端をすごくゆっくりと走っている。乗っているのは年季の入ったスーパーカブ。あまりにもゆっくりと走っているのでまるで止まっているように見えるほど。いつも、あ、と気づいた次の瞬間には追い抜いてしまっている。あのおじいちゃん、いったい時速何キロなんやろ?そう思ってその朝、おじいちゃんに気づいた瞬間にアクセルを緩め、しばらくおじいちゃんの後ろを走ってみたところだったのだ。メーターを見ると時速15キロ。止まっているにはほど遠い速度だけど、国道を飛ばすバイクからはまるで止まっているように見える。あのおじいちゃんは絶対対向車線を走らないだろうし、割り込みで捕まらないだろうな……そんなことを考えながら僕はバイクのスタンドを立てて警官の話を聞いた。

イケメン警官は親切だった。優しく呼び止めた理由と違反の名称を教えてくれた。これから自分が何をすればいいのか、罰金をいつまでどこに支払えばいいかを丁寧に教えてくれた。「前の違反おぼえていらっしゃいます?」と聞かれた。前の違反からは10年近くたっている。正直、警官に呼び止められるのは久々の経験で余計にドキドキしている。歩道にバイクを止めて警官に話を聞かれている立場に対して周りからの視線も気になる。いろいろ気になってそわそわしている自分に、警官は丁寧に話しかけてくれる。言われるがままに免許証を提示して書類や振り込み票を確認する。「シャチハタじゃない印鑑お持ちですか?」持ってないと答えると「すみません、親指を汚してしまいますがこちらに拇印をいただきます」情報の伝え方とフォローする言葉遣いも完璧だ。

「今回の違反の1点は今日から3ヶ月違反しなければ消えますので安心してください。ただ、残念ですが次の免許証はゴールドではなくブルーになってしまいます」彼は最後に僕を安心させさらに「気をつけてお帰りください」気遣いまで示して送り出してくれた。そういえば10年近く前の前回の交通違反に対応してくれた警官も親切丁寧だったし、30年前に交番に落とし物を届けたときのおまわりさんもすごく優しかった。相手に不利益なことも伝えないといけないハードな仕事にもかかわらず個人の警官の対応に対する思い出はいいものしかない。僕は心から反省した。

悩んでいた仕事の立ち位置とは、誰に向かって誰の権利を守るのか、上司、同僚、部下、クライアント、いろんな立場の人がいる中での自分が向かう方向だった。目の前の警官は初対面でおそらくこれから一生会うこともないであろうの一般市民に向かってとても丁寧に接してくれている。それで僕は違反をしてしまったがっかり感から少し救われた。

その日の僕は朝、おじいちゃんの速度を測ったことで少し愉快な気分で職場へ行き、職場で失敗してむしゃくしゃし、交通違反をして捕まった嵐のような日だった。でもおじいちゃんと警官からたくさんのことを学べた日でもあった。一見、自分から見ると止まっているように見えても、それは相手と自分の速度に差があるだけに過ぎないこと。たとえ相手に不利益なことを伝えるとしても、丁寧な態度で接すれば相手の心は救われること。その日の僕の職場での失敗は一緒に働く職場スタッフたちに気が向きすぎたあまり、クライアントへの気遣いが少しおざなりになっていたことに起因している。仕事の目的は何か、考え直して外部のクライアントひとりひとりに丁寧に接しようと思った。継続的に関わる方にも、一期一会の方にも。

もしかしたら僕も今の新しい職場では時速15キロのおじいちゃんかもしれない。しかし、イケメン警官と同じようにひとりひとりと丁寧に接すること。そしてゆっくりでも着実に前に進もう。


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和田 憲明

和田 憲明

副理事長 / マジックパパファザーリング・ジャパン関西
マジックパパ代表、主夫。娘の誕生を機に主夫となり保育士資格を取得。FJKでは初代理事長、現副理事長を務める。特技は手品、趣味はSF・特撮・アニメのオタク系パパ。 [⇒詳細プロフィール]