「ご飯は作らせて。でないと私が家ですること無くなるから」
長女が産まれて僕が専業主夫になった15年前、妻は言った。
僕は料理が苦手だった。妻の申し出をラッキーと軽い気持ちで受け入れた。
妻が毎日の料理、僕が掃除と洗濯に育児。そんな役割分担ではじまった生活。
料理の99パーセントは妻が作った。離乳食もどんなに忙しくっても朝に作って、ストックは冷凍して仕事に行ってくれていた。
僕がアルバイトに出て、長女が保育園に通うようになっても、次女が産まれても、役割分担はだいたいこんな感じで落ち着いていた。
長女が小学校に上がった頃から、二人の働き方はいろいろと変化をしはじめた。それに伴って家事の役割分担も変化した。
妻が掃除洗濯を多くする時期もあったし、僕が料理をする時期もあった。
いちばん僕にとってキツかったのは、娘二人が小学生の時、仕事時間の関係で僕が料理の8割を担当しなければいけない時期だ。
料理が苦手な僕。でも妻もやっていたこと。自分にも頑張れば同じことができると思っていた。
甘かった。1週間目で僕は呆然とすることになる。
軽い気持ちで妻が料理することを受け入れたこと、その大変さを理解していなかったことを反省した。
料理の8割を主担当してわかったこと、それは「手を抜けない」ことだ。
まずはレシピ。
2割のときは簡単だった。自分の得意なもの、簡単なもの、娘たちが好きなものを作っていればいい。僕の場合はカレー、唐揚げ、パスタだ。
8割作るとなるとそうはいかない。栄養バランスが偏らないように、家族が飽きないようにバリエーションが必要だ。
カレー、唐揚げ、パスタのローテーションは1週間も持たず、それからは必死で料理本やネットのレシピを調べた。
次に買い物。
2割のときは適当だ。乱暴にいえば家にカレーの食材さえあればいい。カレーの食材はシチューにも肉じゃがにもなる。違いはほんのちょっとしたこと。
週一の夕食ならカレー、シチュー、肉じゃがで回して、足りないものだけちょっとその時に買いに行くという方法がとれる。
8割の食材、基本的に週末1回の買い物で、1週間分の食材を計画的に仕入れなければならない。それは膨大な量だ。
計画性もないと、食材を無駄にすることになる。ひたすら買い物メモとにらめっこする日が続いた。
最後に調理。
家事としての料理って、レシピと買い物の手間がほとんどなんじゃないかと思う。
作るのは最後のほんのちょっとした作業でしかない。
でもこのほんのちょっとした作業にも苦戦した。基礎知識がなかったから。
みなさん知ってました?計量スプーン、3つ繋がっているやつは「大さじ、中さじ、小さじ」じゃなくって、「大さじ、小さじ、1/2小さじ」なんですよ!
気づかずに1/2小さじを小さじとして使うことで、何回料理の味が物足りなくなったか。
料理の素人にはこんな落とし穴が無数にあるのだ。
それでもなんとか自分なりに奮闘して作った料理だが、家族の評判はおおむね良くなかった。
長女に言われたことがある。
「パパのごはんよりママのごはんのほうがおいしい」
それを受けて妻も言った。
「あなたのご飯、あんまり美味しくないのよね。だからできるだけこれからも私が作るわ」
がっかりしてやる気をなくした。それでも自分なりの意地と使命感で、料理を作り続けた。
家族にとっても僕にとっても幸いなことに、僕が料理の8割を担当しなくてはいけない時期は2年で終わった。正直ほっとした。
現在は妻も僕もフルタイムで働いている。料理の分担は僕が朝ごはん、妻が晩ごはんを作っている。
役割分担として理想的な形……なはずだった。
朝ごはんは簡単だ。だいたい6種類くらいのメニューをぐるぐる回している。
パン系3回にご飯系3回。パンにはフルーツとハムがあればいいし、ごはんには味噌汁と納豆があればいい。
家族も僕の朝ごはんに関しては満足してくれている。
それなのに、僕はなんとなく物足りなく感じるようになっていた。
朝ごはんは何かと忙しい。家族もゆっくり会話しながら食べる雰囲気ではない。
その点、1日の終わりに食べる晩ごはんは作る方も食べる方もゆったりとしている。
家庭料理の花形は晩ごはんなんじゃないか?
僕は自分の料理を食る家族のリアクションが必要な身体になっていたのだ。
今年の春、僕は妻に言った。
「晩ごはん、たまには僕にも作らせて」
家族からおおむね評判の悪かったぼくの料理だけど、いくつかはヒットもあった。
娘たちも「パパのチャーハンと唐揚げと……あとなんか卵のやつは美味しかった」
と言ってくれる。
料理が苦手な僕がたどりついた、月に2回程度、自分の得意料理かつ家族が好きな料理を振る舞う生活。
こんなに「おいしい」役割はない。
和田 憲明
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