それは酷い人形だった。SF映画の金字塔、輝かしいシリーズ一作目、アカデミー特殊効果賞受賞、スターウォーズの一場面だ。不意打ちで撃たれ倒されるエイリアン。光線銃が当たった胸が爆発するカットだ。その瞬間だけ、俳優が着込んだ着ぐるみではなくて爆破専用の人形にすり替わる。普通の速度で再生していたらわからない。でもコマ送りで観るとわかる。爆発する人形の完成度が低すぎるのだ。着ぐるみに比べて細すぎる顔。中に針金を入れて曲げたようにしか見えない指無理矢理持たされている銃。賑やかな酒場のはずなのにその一瞬だけ背景が真っ暗で誰もいなくなる。だから本当の本当に一瞬しか見せない、見せられない。
最初のスターウォーズはボロボロの映画だ。『エピソード4・新たなる希望』というサブタイトルがつけられたのは2作目が公開されてから。最初のスターウォーズはヒットの予感も続編のあてもなく、映画会社からも全く期待されていなかった。そして現場では監督の理想の映像はほとんど作れず、妥協に妥協を重ねてなんとか完成した映画だ。
実写映画で現代観客が納得するレベルの異世界宇宙を丸ごと構築するという試み、宇宙船のドッグファイトをまるで本物の戦争のように見せるという試み、異星の街も宇宙船も道具も全てが本当に使い込まれているように汚すという試み。スターウォーズは全てが挑戦だった。今出回っているスターウォーズの映像ソフトはのちにデジタル修正された物。だから酷いカットの多くが修正され観ることができない。でも所々には残っていて、その一つが最初のエイリアン爆発シーンだ。
現代のオタクは意地悪だ。昔のフィルムやアナログテープは再生を繰り返すと劣化していく。一コマを止めて観ていると、そのコマだけ劣化が激しくなる。でもデジタルディスクやデジタルデータの映像はでいくら再生しても劣化しない。心ゆくまでコマ送りができる。だから通常再生の肉眼ではとらえきれない酷いカットも見つけられてしまう。スターウォーズはカットの切り替えが早い。もう少し見たいと思うところでぱっと切り替わる。大量のエイリアンが登場する酒場のシーンでそれは顕著だ。
よく見ると単なるゴムのマスクをかぶっただけのエイリアンが大量に出演している。でもなぜかリアルに見えるのはゴムマスクたちの演技と早いカット割りだ。カット割りを早くすれば観客はひとりひとりのエイリアンを長く見られない。短いカットの中でそれっぽい演技をしているエイリアンはとってもリアルに見えるのだ。加えて早いカット割りはシーンのテンポをよくするという効果があった。
スターウォーズの酷いシーンは他にもある。明らかなNGカットがそのまま使われているのだ。一つは2体の味方ドロイドが隠れている部屋に敵の兵士が迫ってくる緊迫したシーン。3人の兵士が部屋に突入しする。そのうちのひとりが画面の端で扉に頭をぶつけているのだ。わざと入れたギャグではない。ギャグなら全ての観客が気づくように画面の真ん中でする。初見ではまず気づかないし、何回見ても気づかない人は気づかない。それくらい画面の端っこで起こったミスなのだ。
このシーン、最初の公開版ではなかった音が後のデジタル修正版で追加されている。それは兵士が頭をぶつける「ごん」という間抜けな効果音。後に作られた前日談、エピソード2の中で帝国の兵士はある賞金稼ぎのクローンであるということが明かされる。そしてその賞金稼ぎも緊迫したシーンで「ごん」という間抜けな効果音とともに扉に頭をぶつけるのだ。つまりその賞金稼ぎの血統は頭をぶつける癖があるということ。NGを後付けで利用したうまい設定だ。
もうひとつ、酷いNGシーンがある。さっきの頭ぶつけと違い、これは画面の中央、観客全員が注目している主人公が起こすNGだ。敵をやっつけて興奮して帰ってくる主人公ルーク・スカイウォーカー。歓喜で迎える仲間たち。人波をかき分けてヒロインのレーア姫がルークに近づく。ルークは姫を見つけた瞬間に叫ぶ。「キャリー!」そしてキャリーを抱きしめる。
ん?キャリー?ヒロインの名前はレーア・オーガナだ。キャリーなんて名前ではない。キャリーはレーアを演じた女優キャリー・フィッシャーのファーストネームだ。そう、ルーク役の俳優、マーク・ハミルは演技のテンションを上げすぎたあまり興奮して、姫の役名じゃなくて役者の本名を叫んでしまったのだ。僕は長い間、ルークがうれしさのあまり「キャー!」悲鳴を上げているんだと思い込んでいた。まさかこんなに酷いNGがそのまま使われているとは思わずに。
酷い出来の人形やゴムマスク、とんでもないNGが全部使われていたのは取り直しをする時間もお金もなかったから。スターウォーズの予算は当時の大作映画の1/3程度。それでこれまで誰もやったことのない異世界宇宙の構築をしたんだからそりゃギリギリだろう。それでも挫折せずに取り直しを重ねてなんとか完成させたルーカス。そして完成したボロボロのスターウォーズの一作目は誰も予想しないほどの特大ヒットを記録した。
どんなに理想に遠くてもまず完成させて人に見せてみる。「もっと自分はできるはずだ」「立派な作品を観てもらいたい」という自己顕示欲に邪魔されるのはもったいない。だって、それがどんな評価を受けるかは誰にも予想できないんだから。

和田 憲明

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